Jan 21, 2010
引っ越しを感動した
理事は、体力があるわけですね。私は数年前に一人暮らしを始めたが、その時は本当に大変でした。家族や友人の助けを受け、何日もかけ思い出があります。引越しが終わって、自分の部屋が完成した時は感動しました。いずれにせよ、干渉されることがなくなったという喜びは何と表現することはできません。今となっては少し寂しいと考えられています。一度に多くの価格がかかるリフォームは、失敗のないようにすることです。リフォーム会社は、確かにこちらの意見を使ってくれるところ、親身になって一緒に計画など悩みてくれるところもあればそうでないところもあります。まず、見積もりをお願いその時にリフォーム会社の従業員さんがどんな対応をしてくれるかをきちんと見るということが重要な点といえるでしょう。
16日午前11時19分ごろ、茨城県南部で震度5強の地震があった。気象庁によると震源地は、栃木県南部で、震源の深さは約70キロ、地震の規模はマグニチュード(M)は5.9と推定される。神奈川では、東部、西部ともに震度3だった。この地震による津波の心配はないという。
地震の影響で東海道新幹線が東京−小田原間で一時運休した。
神奈川県内で震度3を観測したのは次の通り。
▽横浜市鶴見区、神奈川区、神奈川区、西区、中区、南区、保土ケ谷区、磯子区、金沢区、港北区、戸塚区、港南区、旭区、緑区、瀬谷区、栄区、泉区、青葉区、都筑区
川崎市川崎区、幸区、中原区、高津区、宮前区、麻生区、横須賀市、平塚市、茅ケ崎市、三浦市、大和市、海老名市、座間市、綾瀬市、寒川町、二宮町、小田原市、秦野市、厚木市、南足柄市、中井町、大井町、松田町、山北町、箱根町、愛川町、清川村、相模原中央区、南区、緑区
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公正取引委員会は15日、県建設業協会の塩山と石和両支部の土木業者計51社が06〜09年度の県発注工事の9割以上で入札談合を繰り返したと認定し、うち37社に独占禁止法に基づき計7億5682万円の課徴金納付命令を出した。各支部が取りまとめていたという。公取委は約15年前にも県内全域で同様の談合を摘発。県は09年度から談合防止策として総合評価方式を導入していたが、組織的な談合体質が再び浮き彫りになった。【曹美河、山口香織】
公取委は昨年3月と10月、数十カ所を立ち入り検査していた。談合が認定されたのは、入札参加資格がA、Bランクの業者。同協会の浅野正一会長が経営する昭和建設(甲州市)も含まれる。
公取委によると、両支部が、各業者からの入札参加希望の連絡を電話やファクスで受け、参加業者一覧を作成。受注希望者が複数の場合、支部長が調整することもあった。
総合評価方式では、県は入札価格だけでなく、各業者の評価点も加味して受注業者を決める。両支部では、受注予定者が事前に、各業者から各社自身の評価点予想を聞き取るなどして談合。受注予定者が自社の施工計画書より劣った計画書を作成し、他業者に提出させた例もあった。
06〜09年度の両支部の受注は計490件。平均落札率は塩山支部が96%、石和支部が約94%だった。公取委は、うち9割以上が談合と指摘し、最近3年間の329件(請負額計約189億円)分から課徴金額を算定した。課徴金納付期限は7月19日。不服があれば、業者側は公取委に命令の取り消しの審判請求を行うことができる。
浅野会長は命令を受け、「重く受け止めている。事実確認をし適切な対応を取っていく」とのコメントを出した。
横内正明知事は「入札制度の根幹を揺るがす。厳しく指導していく」と述べ、認定業者を指名停止処分とし、違約金を請求する考えを示した。違約金は計数十億円に上る見通し。
4月16日朝刊
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◇やりがい一層強く
◇現地の人に親切受け 情報交換盛ん、宿泊場所は快適
15日も引き続き、宮城県石巻市の大街道地区へ派遣された。記者と友人の室井登喜男さん(37)=韮崎市=は、前日から一緒に行動している男性3人と大街道東へ。午前9時〜午後2時、1人暮らしの女性宅2軒を回った。最初の女性(55)方では、海水につかり重くなった家具を外に出し、ヘドロを搬出した。次の家では平屋と駐車場のヘドロかき。家人の女性(64)は「去年、夫に急死され途方に暮れていたところに、津波で」と肩を落としていた。
女性が日陰に椅子を置いてくれた。腰掛けて、いただいたコーヒーを飲みながら、持参した昼食を食べていると、隣家の男性が「ご苦労さん。何人?」。「5人です」と答える。しばらくすると、男性が箱に詰めたパンを持ってきた。申し訳ないので断ると、笑いながら「余ってるんだから持って帰って。助かってるんだから」。
「現地の人の方が僕たちより元気なんですよね」と、一緒に作業する東京都練馬区の立教大1年、谷平和優(かずまさ)さん(20)。14日にはヘドロの悪臭に気分が悪くなり、昼食がのどを通らなかったのだという。それでもボランティアは続けると言い切る。「若い人間の使命。誰かがやらなければいけない」
午後2時半からは、空き地約400平方メートルに堆積(たいせき)し、乾燥してひび割れたドロを集めた。近くの製紙工場から流れてきたとみられる紙がドロとともに固まり、石こうのようだ。途中から約20人が合流し、終了時間の午後4時までに終えることができた。
3件をこなし、みんな疲労の色が濃い。ボランティアが屋内から運び出したごみの山が道路両端をふさぐ。室井さんは「復興はまだ一歩二歩。でも1カ月たって、元気に声をかけてくれる人がいたり、炊き出しや食料配給で支え合う姿が見られて、救われた気がする」と話していた。
◇ ◇
ボランティアたちの宿泊場所は、旧北上川沿いの石巻専修大キャンパスだ。校舎の一部がボランティアセンター事務所に、グラウンドがテント場として提供されている。ここでの生活を紹介したい。
消灯は午後10時〜午前6時。記者たちは日の出の午前6時半ごろに起きた。食事は朝夕は、即席ラーメンやうどんなどを携帯ガスコンロで水を沸かして食べる。活動中の昼はパンやゼリーなど。
グラウンド脇には簡易トイレ数台がある。トイレはボランティアが清掃。ペーパーや消臭剤、消毒薬も完備され、快適だ。
市内は、海岸沿いは休業している店が多い。内陸部ではスーパーやコンビニエンスストア、ガソリンスタンドが営業し、買い物や給油に困ることはない。信号は至る所で止まっている。昼間は一部だけ警察官が誘導しているが、夜間はいない。街灯も大半が消えたまま。
ボランティアの一番の楽しみは入浴だ。情報交換も盛んで、記者たちは14日夜、約25キロ内陸部に入った涌谷町内の温泉に出かけた。
記者たちは十分な食糧を持参してきたが、派遣先で栄養ドリンクや菓子を差し入れてくれることが多く、驚いた。上水道も多くの地区で回復しており、飲料水を快く分けてくれた。派遣先で、ボランティアを必要とする近隣を紹介されることも多く、石巻の町は住民同士のつながりが強いようだ。ボランティアを歓迎する地区がほとんどで、やりがいも一層強く感じられる。【中西啓介】=随時掲載
4月16日朝刊
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