Feb 01, 2009
フォトフェイシャルの費用について
光でお肌の様々なトラブルを改善するフォトフェイシャルは自由診療の整形するため、健康保険が適用されず、治療費は全額自己負担になります。クリニックや施術内容に応じて、フォトフェイシャルの費用は異なりますが、顔全体1回3〜5万円というのが相場です。治療のためには、だいたい5回程度通う必要があるようでチョンエソヌン15〜25万円程度です。女性に年齢は強敵です。いつまでも若く、通常のがほとんどだと思います。そんな女性が気になるアンチエイジングだと思います。アンチエイジング考えで重要なのは体を冷やすことがあります。冷えは老化を早めることが知られているため、冬の寒い時期は体を冷やさないように気をつけましょう。
歌に漫談、講演会―。介護とは別の“2足目のわらじ”を駆使し、現場を変えようと試みる人々がいる。彼ら彼女らに共通するのは、体だけでなく、利用者の心にも働き掛ける介護を目指している点だ。3人の挑戦者の活動をクローズアップする。(多●正芳)
【編注】●は木へんに朶
「笑う介護士」として知られる袖山卓也さんは、そのニックネームと同じ名の有限会社を運営している。主に手掛けるのは施設運営や各地の施設に対する運営支援、そして年間100回以上の講演だ。そんな袖山さんは今年1月、重度の認知症の利用者を連れて、愛知県内の施設から静岡県の伊豆半島へ1泊2日の温泉旅行に出掛けた。その利用者が、戦時中に伊豆の寄宿舎で過ごした記憶をよみがえらせたことがきっかけだった。
■カッパの仮装で真冬の川を泳ぐ
「旅行には僕も含めて3人のスタッフが同行しました。もちろん、介護保険の報酬なんて期待できません。途中の介護も計14時間の自動車の運転も、すべてボランティアでした」
伊豆滞在中は、“演出”にも力を入れた。例えば、かつて患者が歩いた道を見つけると、自動車を止め、車いすを持ち出し、60数年前と同じように通ってもらった。その時、付き添った職員は小学生のような赤白帽をかぶり、学生服を着込んでいた。
「笑いを誘うため。そして、少しでも思い出を取り戻してもらうための工夫でした」
袖山さん自身の演出は、さらにきてれつだった。患者の車いすが小さな川沿いの道に差し掛かった時、全身緑色のタイツを着込み、頭に皿を載せて小川に飛び込んだのだ。降りしきる雪の中、袖山さんは利用者の車いすが見えなくなるまで、川を泳ぎ、河原に立ち続けた。
「患者さんは旅行に行くと決まってから、『川沿いの道がきれいだった』と、盛んに言っていました。それを聞くたびに僕は、『そんなきれいな川ならカッパもいたんじゃないですかね』と話を振り、本番の旅行に向けて笑いを仕込んだんです」
もちろん、カッパの仮装をして真冬の川を泳いだからといって、利用者の認知症が劇的に改善されるわけではない。それでも袖山さんは、この旅行は成功だったと断言する。
「旅行の最中から、利用者さんは何度も『生きていてよかった』と言ってくれた。この言葉だけで十分、成功です」
■利用者に問い続ける「今の理想と生きる理由」
利用者の心に歩み寄り、共感し、共に生きていく。そして、生きる意味を取り戻してもらう―。これこそが介護の存在意義と訴え続ける袖山さん。彼がその思いを抱いたのは、18歳の時、老人病棟でアルバイトとして働き始めた時だった。病棟には、体位交換以外では指一つ動かすことができないような高齢者が、数多く入院していた。
「体位交換のたびに壁、天井、仕切りのカーテンと切り替わる3つの“景色”。それだけを眺め続け、それでも『ごめんなさい』と『ありがとう』という、気遣いと感謝の言葉だけを言い続けて死んでいく患者の人がたくさんいました」
自分の何倍もの時間を生き抜いた人の人生の幕引きが、これでいいはずがない。そんな思いが、担当していた89歳の寝たきりの女性に対する質問に変わった。
袖山さんが投げ掛けた問いは、「健康なまま、今の年齢を迎えていたら、どんな人生を送りたかったですか」と「その体を背負ってでも、自殺をせず、生きてくれている理由を教えてください」だった。
「今の理想と生きる理由。この2つを質問したのです。もちろん、信頼関係がないと聞ける話ではありませんから、答えをもらうまで何か月もかかりました」
ようやく聞き出した患者の答えは、「今の生きがいは、孫に会うことだけ」だった。ただ、孫が暮らす町は、病院から遠く離れており、盆と正月しか会うことができないという。袖山さんは、患者の息子に孫の動画を送り届けてもらうことにした。
「動画を見て、おばあさんは号泣していました。そして、朝から夕方まで何度も何度も再生を頼み、『生きていてよかった』と言ってくれた。寝る時には、『きょうは興奮して眠れそうにない』と笑顔で言っていました」
この経験が「笑う介護士」としての原点だった。以降、袖山さんは、人生に寄り添うケアを実現するため、利用者に理想と生きる理由を問い続けてきた。前述のような思い切った取り組みで笑いを誘うのも、利用者の心を解きほぐし、生きる意味を取り戻してもらうための工夫だ。
■「介護は一度きりの人生を懸けるに値する」
その異名通り、利用者の前では常に笑いを忘れない袖山さん。だが、介護従事者を前にした講演会では、全くといっていいほど笑わない。それどころか、憤りを込めた声を張り上げ、利用者の心を忘れた介護を厳しく糾弾する。
「利用者の心に寄り添わない介護をやっている人がいるなら、同業者として、迷惑なんですよ!」
「利用者にやりたいことや生きがいを聞いたこともない、という人がいるなら恥じてください。恥じて泣くくらいの感性を持ってください。それもせずに何人見送ってきたんですか! 何人、死なせてきたんですか!」
世間一般の講演ではおよそ耳にしない、激しい物言いの連続。ただ、袖山さんは、厳しく自省を迫る一方で、介護の素晴らしさを語ることも忘れない。どんなプロフェッショナルと比べても素晴らしいと言い切り、一度きりの人生を懸けるに値すると断言する。
そんな袖山さんが伝えたい介護の魅力は、やはり以下の言葉に要約されるのかもしれない。
「自分の働き掛けで、すべてをあきらめかけている人が『生きていてよかった』と語り、自分の人生を取り戻していく。これを経験してきたから、僕は介護から離れたいと思ったことはない。たった今でも、現場に行きたいと思う」
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